「またきみは・・・」
怒っているような呆れているような不思議な顔をしながらスザクはずかずかと歩みを進め、ルルーシュの目の前までやってきた。距離が近づくほど、スザクの表情は険しく、纏う空気はイライラとした不快なものに変わっていった。
それはそうだろうなとルルーシュは思った。
だが、俺が何をやってもいいはずだ。ここは、スザクと同居とはいえ俺の部屋でもある。そこで何をしても、よほどのことではない限り自由なはずだ。だが、スザクの顔を見ればわかる。勝手なことをするな。そう書いてある。
スザクは自分を無視して再び作業を続けようとしたルルーシュの手を止めた。
「なにしてるんだ」
怒りとだけではないものを含んだ冷たい声だった。
「見てわかるだろ?」
昔とは違うそんな声に僅かながらでも思う所があるのだから、我ながら女々しいなと心の中で自嘲し、感情を込めずに返事をする。
何をしているか?
いちいち言葉にするまでもない。
目に入ったもの、それが答えだ。
「・・・何でこんなことしてるんだ」
答えなかった事に腹をたてたのか、あるいはもっともだと納得したのかは解らないが、スザクは一度言葉を呑みこんでから、今度は幾分か柔らかくなった声で尋ねてきた。いや、これは答えろという命令かもしれない。
「何でか、わからないのか?」
聞かなくてもわかるだろうと、あえてそう言う。
するとまた、スザクは言葉に詰まった。
我ながらいじわるかなと思いながら包丁を置いた。
片腕の人間が包丁を持ってまな板と食材に向かっている事を咎めているのだと分かってはいるが、過保護がすぎる。義手でもしない限り一生片腕なのだから片手で料理に慣れる必要はある。利き手である右は無事なのだし、朝食の用意ぐらい多少時間がかかって作れるようになるべきなのだ。
すでに卵焼きとほうれん草のおひたし、冷ややっこに味噌汁は出来ている。米も炊きあがり、鮭の切り身はレンジで調理した。レンジ内に匂いが残るから好きではないのだが、こういうときは非常に便利だ。
後は食べるだけだったが、冷ややっこに薬味が無いのはさびしいかと小口ネギを追加で刻んでいるとスザクが来た。薬味など気にせずさっさと食べればよかったと少しだけ後悔した。
いやいっその事パンを焼いて目玉焼きと簡単なサラダにしたほうが見つかっても文句を言われずに済んだのかもしれない。だが今朝は和食が食べたい気分だったのだ。
「手を離してくれないか」
包丁はもう置いたというのにいつまで手を掴んでいる気だと聞けば、スザクは困ったように眉を寄せ手を離した。理解したか?と思ったが違うようだ。
「・・・僕がやる」
「必要無い」
既にいくらかは刻み終わっている。もう少し刻みたかったが諦めて片付けにはいった。が、やはり邪魔をされる。
「僕がやる」
「このぐらい問題ない」
「僕が、やる」
後は片付けだけだと言っているのに、聞く気はないスザクは、手を洗うと手早く薬味を小皿に入れ、包丁とまな板を洗い始めた。
「余計な事はするな」
やはり両手があればこの程度の作業は早く終わると頭の片隅で思いながら、蛇口を閉めシンク周りに散った水を拭くスザクに文句を言うが、言われてやめるはずもなく、さっさと終えたスザクは手を拭いていた。
「はい終わり。君がやるより早いよ」
それはそうだろう。と、文句を言いたいが言った所で意味はない。何も変わらない。もう片付けは終わってしまった。
ルルーシュは小さく息を吐くとコンロの前に移動し、冷めた味噌汁を温めるためなべを火にかけた。まだ何かする気かと近づいてきたスザクに「軽く温めるだけだ。腕1本で出来る」と文句を言えば、諦めたのかそれ以上は言わなかった。
何となく、空気が重い。
・・・さすがにきつく言いすぎただろうか?
言い方ややり方はともかく、片手で刃物は危険だと止めてくれたのだから、スザクは悪くない。これは、自分でやりたいのだ手を出すなと我儘を言っている方が悪いのではないか?改善策を考えるべきはこちらか。では今後は包丁ではなくハサミを活用して料理することにしよう。料理の幅は狭まるだろうが安全性は上がるだろう。
そもそもスザクは殺したいほど憎い相手を前にしているのだから、不愉快気な物言いは当たり前のことだ。むしろそんな相手に対しても心配してくれているのだ。
などと考えている間に味噌汁が温まったのですぐに火を落とす。
「・・・スザク、運ぶのを手伝ってくれないか」
といったときにはすでにご飯をよそい味噌汁も注ぎ終わっていた。そもそも、スザクの分も作っているのだから、手伝ってもらうのは当たり前なのかもしれない。そう思うことによう。
それにしても・・・時間がかかった割に大したものは作れなかった。見た目も不格好で良くはない。
それでも久々の和食だからか、スザクは嬉しそうに目を輝かせていて、先ほどとは別人のように見えた。これが本来のスザクなのだと思い出した気がする。
「いただきます」
礼儀正しく手を合わせ箸を動かしたスザクを見、この状況をどう改善するべきかと考えながらルルーシュも「いただきます」と口にした。